冬うらら~猫と起爆スイッチ~
●132
「こっちの方がマシだね…」

 一着服を取り出して、彼女に渡す。

 素直に受け取りはするけれども、この服をどうしろと言うのだろうか。

 トウセイと名乗ったデザイナーの名前を、メイは知らない。
 ブランドとかに、余り興味がなかったせいだ。

「こちらにどうぞ…お荷物はお預かりします」

 しかし、いきなりスタッフが2人近付いてきたかと思うと、一人は彼女の手から白菜を奪い、もう一人は試着室の方に連れて行こうとするではないか。

 要するに着てみろ、ということらしい。

「それ、コムサですね」

 試着室に案内してくれた女性スタッフが、にこやかな声でそう言った。

 まるで暗号のような言葉だ。メイは分からずに、自分の持っている服を見る。

 コムサって何だろうと思っていたら、後方でトウセイが肩を震わせて笑っていた。クックック、と。

 また恥ずかしくなる。

 何も知らない女だと思われているのだ。この人たちの中では、『コムサ』という呪文は、当たり前のものなのだろう。

「あなたが着てらっしゃる、そのワンピースのブランドですよ」

 試着室の前で、にっこり微笑まれる。

「そ、そうなんですか…」

 カァ。

 もっと恥ずかしくなった。

 ハルコが買ってきれくれたものの中で一番気に入ってる服だが、どこが作ったものとか分かっていなかったのだ。

 ブランドということは―― 高いのだろうか。

 いろいろ心配にもなる。

「あっはっは…まったく面白いよ、君は」

 トウセイが、もうたまらないという風に声をあげて笑った。

 慌てて試着室の中に逃げ込んだ。

 試着室と言っても、カーテンではなくドアの中だ。
 まるで部屋のようになっている。

 かなり広く、大きな鏡が壁に据え付けてあった。

 ワンピースのファスナーを下ろして、持ってきた服に着替える。
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