冬うらら~猫と起爆スイッチ~
●134
 ほ、ホントによかったのかな。

 店を出て、ビルを出たメイは、ちょっと心配になりながら歩いていた。

 最後に着せてもらった洋服を、ほぼ買うと確定してしまう署名をしてきたのである。

 とは言っても、住所も電話番号も記入していない。
 よくこんな怪しげな話を、了承してくれたものだ。

 ひとえに、あのトウセイという人が、風変わりだったからだろう。

 取り置きの期間は1週間ということで、それ以上取りにこなければ、また店頭で販売するらしい。

 だから、逃げちらかしてもそんなに罪悪感を覚えずにすむかもしれない。

 しかし。

 はぁ。

 メイは、白菜を持つ手を反対側に変えながらため息をついた。

 あの最後の服を思い出したのである。

 黄緑のワンピースだ。

 しかし、ただの黄緑ではない。

 上に白いシフォン素材の布がかかって二重になっているので、もっと白っぽい霞みがかった黄緑の印象があった。

 ちょっと襟元が広くあいているのだが、ウェストのところにある細いリボンと同じものが襟にもついているので、チョーカーのように首に渡して結ぶことが出来る。

 ふわりとした半袖の部分だけがシフォンの一重。

 裾の長さはくるぶしくらいまでだが、裾にはたくさんスリットが切ってあって、それぞれを好きなように細いリボンで結べるようになっていて。

 鏡を見た自分が、何だかすごくかわいくなったように思える。

 トウセイの店には、キャミドレスなどもあったが、彼は決してそんな服は勧めようとはしなかった。

 その辺のウィンドウを覗き込むと、自分の顔が見える。

 確かに、キャミドレスを着るよりも、あの服の方が似合っているように思えた。

 すごくドキドキウキウキした。

 またも、弱い女の部分が走り回ってしまったのだ。

 値段は。

 ハチマンエン也。

「僕の服にしてみれば、格安だね」

 あっさり言い切る彼に向かって、値引き交渉などという恐ろしいことは出来そうになかった。

 ここは、八百屋ではないのだ。
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