冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 どうしよう。

 ビルの壁沿いの、ちょっと高くなっている段に腰を下ろして、メイは途方に暮れた。

 さっきから、同じところばかりをグルグル回っているような気がしたのだ。
 もう、足が痛くてしょうがなかった。

 トウセイのいたファッションビルの名前も覚えていない。

 一号店の方に取り置きしておいてくれると言ったので、覚える必要がなかったのだ。
 そっちは、カイトの家から歩いてきたら、すぐ分かるところにあったので。

 お店の名前…何だったかなぁ。

 英語だかフランス語だか、とにかく横文字の筆記体で書いてある店だったのは覚えている。

 けれども、それを彼女の頭は読解することを拒否したのだ。

 一度。

 派出所に入ろうかと思ったのだ。道を聞こうと思って。

 でも。

 結局、できなかった。

 トウセイの店でも言ったではないか。

 帰るべき家の、住所も電話番号すらも自分は知らないのだと。

 ハルコの家の電話番号も分からない。

 誰にも連絡できない状態だった。

 住所が分からなければ、タクシーにも乗れないのである。

 思えば、自分は何と頼りない存在だったのか。

 日が暮れ始める。

 ビルにある大きな時計を見ると、もうすぐ5時だ。

 まだカイトは仕事中だろう。

 仕事!

 メイは立ち上がった。

 思い出したのだ。

 カイトの働いている会社名は知っているのである。

 鋼南電気。

 これさえ知っていれば、電話帳で電話番号を調べることが出来るではないか。

 そうすれば、きっと彼は呆れるだろうけれども、彼女はあの家に帰ることが出来るのである。

 洋服にうつつを抜かした失敗で、確かにまた自己嫌悪の嵐だった。

 でも、いまはそれよりも不安が先に立っている。

 とにかく、自己嫌悪に落ちるにしても、あの家まで帰り着かなければならないのだ。

 公衆電話。

 メイはキョロキョロした。

 そこで電話帳さえあれば―― 彼女は帰れるのだ。


 痛い足をそのままに、メイはしっかりと買い物袋をさげたまま、目標に向かって歩き出したのだった。
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