冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 胃がズキズキする。

 こめかみも、眉間も、喉も―― 痛くないところなど、どこもなかった。

 でも胸が。

 胸が。

 裂ける。

 バリバリと音をたてて、自分から彼女がひきはがされる。

 カイトの胸の中にある彼女の椅子。

 その椅子のある部屋。

 気持ち。思い。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。

 たった、一人の女が、欲しかった。

 あんな女は、他に誰もいない。

 この世のどこを探しても、たった一人なのだ。

 なのに!

 いねぇ!

 街中を、もう何周回っただろうか。

 彼女は車という足を持っていないので、一人でちょっと出かけたくらいなら、そんなに遠くに行けるハズもなかった。

 自発的に遠くに離れようと思うか、誰かに連れ去られていない限りは。

 どちらだって、カイトは考えたくなかった。

 もしかしたら、もう家に帰っているのかもしれない。

 彼とすれ違いで、何のことはなく帰り着いているのかも。

 カイトはバイクをすっ飛ばして、家に戻った。

 けれども、彼が飛び出した時のまま、玄関は開けっ放しで、ケイタイの破片は転がったままだった。

 帰って、ないのだ。
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