冬うらら~猫と起爆スイッチ~

『はい、お電話かわりました』

 なのに、また女性の声が聞こえてきた。

 まさか違う会社の、違う社長に電話をかけてしまったのでは、と焦る。

『私、社長秘書をしております。ただいま社長は打ち合わせ中で、電話に出ることが出来ませんが、何か急用でしょうか』

 ナゾは、すぐに解けた。

 けれども、彼女にとっては悪い結果だ。

 カイトは忙しいようで―― 当たり前だった。

 いまは就業時間中で、彼は代表取締役社長なのだ。

 ヒマにしているハズがない。

 急用…。

 メイは、キョロキョロとした。

 まだ、彼女は街中だ。

 確かに急用ではあるが、カイトを仕事からひきはがしてまで電話に出させ、なおかつ、こんな間抜けなことが伝えられるだろうか。

 出来るハズもない。

「あのっ、その……それじゃあ…シュウさんは」

 そうだ!

 鋼南電気には、もう一人知り合いがいたのだ。

 彼とは親しいワケではないが、迷惑そうにはするだろうけれども、家の住所なり、ハルコの電話番号なり教えてくれないこともないだろう。

『副社長も、ただいま打ち合わせ中です』

 よどみのない声が、期待を派手にブロックした。

 そんなぁ。
 どうしよう。

 メイは途方に暮れた。

『お名前とお電話番号をお聞かせ願えますか? こちらの方から、おかけ直しさせますので』

 秘書が、それでも職務に忠実に言葉を続けた。

 名前と、電話番号。

 その壁が、再び彼女の前に立ちふさがった。

「ま、またかけ直します!」

 メイは、その言葉に追い回されるように電話を切った。

 じわっ。

 心細さに涙が出てきた。

 うちに帰りたい。

 カイトのいる、あのうちに帰りたいのだ。
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