冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 なのに、どこに行っても『住所』だの『電話番号』だのが、山狩りをするかのように彼女を追い回す。

 いまの状態では、逃げ惑うしかないというのに。

 カイトと自分をつなぐ線が、こんなになかったのだ。

 あんなに近くて、まっすぐな位置にいるように思えたのに、ちょっと立つ位置を変えただけで、もう全然届かないのである。

 子供の頃も、一度迷子になったことがあった。

 忙しいお父さんに連れられて遊園地に行った時だ。

 滅多にない出来事にはしゃいで、あちこち走り回って―― 気がついたら一人だった。

 あの時なら、ただ泣けばよかった。

 泣けば、誰か助けてくれた。

 預かり所みたいなところに連れて行かれて不安だったけれども、お父さんは息をきらせて迎えにきてくれたのだ。

 でも、ここは遊園地じゃない。

 お父さんもいない。

 泣いても、誰も迎えになんか来てくれないのだ。

 誰も―― 自分を知らないのである。

 カイトさえも。

 彼さえも、自分のことを何も知らないのだ。

 知っているのは、あの家にいるメイだけ。

 街にいる彼女は、こんなに不確かで。

 自分が、名札さえ持っていないような気にさせられる。

 メイという名前さえも、見失ってしまいそうな気がした。

 足…痛い。

 そのまま、電話の横に座り込む。

 また電話をしなければいけない。

 いまはだめだが、きっと仕事終わりの6時前くらいだったら、掴まるかもしれない。

 帰るのも遅くなるけれども、夕食も遅くなるけれども、それでも、帰れる最後の希望があった。

 その希望しかなかった。
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