冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 どんどん辺りが暗くなる。

 寒さも増していって、メイはジャケットの前をかき合わせた。

 5時55分。

 ビルの時計が、彼の就業時間の終わり近くを告げてくれる。

 メイは立ち上がって電話を取った。ストッキングの足で。

 もう―― 痛くて、クツをはいていられなかったのだ。

 辺りが暗いせいもあって、そんな彼女の格好に気づいている人間はいない。

 けれども、足の先が氷のように冷たくなった。

「あの…社長は…」

 また同じ道程を踏みながら、何とか秘書のところまでたどりつく。

 緊張と寒さで、声が震えてしまった。

『申し訳ありません。社長は、帰宅されたようです』

 しかし、秘書は無情な内容を伝えてくる。

「シ、シュウさんは…!」

 悲鳴のように、最後の綱にすがみつく。

『副社長も、ついいましがた出られました。お戻り時間は、不明となっております』

 絶体絶命だった。

 もう、彼女の知り合いは、誰もこの電話番号にはいないのである。

『おそらく、社長は自宅に帰られたと思いますので、携帯電話かそちらの方にかけられたらいかがですか?』

 怪訝と同情が入り交じった声で語りかけられた。

「あの…番号教えてもらえますか?」

 メイがおそるおそる言った時、しかし、相手の態度が硬化したのが分かった。

『申し訳ございません。プライベートのことは、お答えできません』

 それもそうだった。

 メイは、家のものと名乗ったのだ。

 その家のものが、どうしてカイトの自宅の番号やケイタイの番号を知らないのか。

 少なくとも、自宅の方くらいは知っていてしかるべきである。
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