冬うらら~猫と起爆スイッチ~
◆138
 参ったな。

 駅東派出所の巡査であるジョウは、保護した女性を前に頭をかいた。

 寒そうだったので、ストーブの側の椅子に座らせたまではよかったけれども、彼女はいまにも泣きそうな顔で、だんまりだったのだ。

 ただ、名前だけは『キサラギ メイ』と名乗った。

 彼が巡回に出た時、どうも様子がおかしかったので声をかけたのだ。

 駅周辺は、夜になると治安がよくない。

 だから、ジョウのようないかついタイプの巡査が常駐させられているのだ。

 これから、いかにも治安が悪くなりますという時間になるのに、メイという女性は、公衆電話の横に座り込んでいたのである。

 靴も脱ぎ捨てた状態で。

 最初は、家出かと思った。

 しかし、彼女が持っていたのは―― どう見ても、今夜鍋でも作るのではないかと思える野菜などだった。

 夕食の買い物に出たとしか思えない。

 着ているものは、よさげな印象だ。

 ジョウの見立てでは、そんな感じだった。

 そして、ようやくメイは言ったのだ。

 道に迷って、と。

 そんなことか、とジョウは驚いた。

 この世の終わりのような顔で、言うことではない。

 彼らの管轄の仕事だ。

 さっそく、彼女が帰れるようにしてやろう。

「じゃあ、住所を教えてもらおう」

 聞いた途端、まただんまりになった。

 やれやれ。

 そして、彼は頭を抱えるのだった。

 ワケ有りなのは分かるのだが、一体どういうワケかも推測できないのだ。

「そんな聞き方じゃあ、女の子が怯えますよ」

 ほかの巡査が、からかうように言ってくる。

 確かに彼は、強面だ。

 顔に傷があるのも、印象を悪くしている。

 しかし、これでも気を使っているのだ。

 この間、老人が困っていたので家まで送ったことがあったが、『威圧的な態度で怖かった』というクレームが来て、上司に注意を受けたのである。

 迫力のある外見というのも、善し悪しだった。

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