冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 気がついたら、ボックスの入り口に立っていた。

 カイトが彼女を見た。

 うまくしゃべれなかった。

 何をしたらいいのかも、一応教えてもらっていたけれども、その通りには何一つ出来なかった。

 お酒をこぼして怒られ、彼の言いつけを守らずにボックスを出て、また怒られた。

 そんな怒りっぽい男の登場で、いきなり鍋がひっくり返されたかのように――人生が変わった。

 落ちついて考えなきゃ。

 メイは、自分にそう言った。

 結果だけ見たら、彼女はあのランパブから救われたのである。

 毎夜、毎時間相手の変わる空間に、あんな格好でいなければならない怖さからだけは、救われたのだ。

 いまは――分からない。

 分からないけれども、あのカイトは何か違った。

 いや、違いっぱなしだ。

 考え方が根本から、他の誰にも似ていないのだろう。

 だから、メイはこれまでの経験を持ち出しても、どうしても彼の気持ちが読めないのである。

 けれど、このままタダで済むはずがなかった。

 彼女の身代金は2千万円。

 この事実を、見過ごせるハズがないのだ。
 お金を、何かで返さなければならない。

 でも、カイトがその代償として、彼女に何を望んでいるのか―― 一番知りたいそれが、一番深い水の中に沈んでいた。

 手を伸ばしても掴めそうにない。

 飛び込んでもいいのだが、メイでは、ぶくぶくと沈んでしまいそうだった。

 あの、カイトという男の水の中は。

 どうしよう。

 そう呟いてみても、彼が帰ってくるのを待つほかない。

 カイトの口から意図を聞くまで、メイは一歩も進めずに、堂々巡りの思考を繰り返すだけなのだから。

 バターは、もうとっくに出来上がっていた。

 しかし、バターから何が出来上がるのかは、メイはまだ知らなかったのである。

 不安な中――ただ一つだけ、違う道があった。

 そこだけは、深い水の中につながっていなかった。

 ネクタイだ。


 じっと自分の手を見る。

 鼓動が――三回になった。
< 64 / 911 >

この作品をシェア

pagetop