冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「うちに帰りたいんなら、住所を教えてもらえないと、地図で説明することも出来ないし、送ることも出来ない。それくらい分かるだろう」

 それとも、何か帰れない理由でもあるのか?

 ついつい口調は、言及するようなものになってしまう。

 これでも彼にしてみれば、柔らかい表現のつもりなのだ。

 うつむいたまま、メイは考え込んでいるようだった。

 不安そうな目が、そしてゆっくりと上げられる。

「あの…分からないんです」

 何?

「住所…分からないんです」

 怪訝なジョウの視線に耐えられなかったのだろう。

 また、彼女はうつむいてしまった。

「分からないって…そんな、バカな…それじゃあ、電話番号は?」

 驚きながら、それでも質問を続ける。

 メイはまた首を横に振った。

 こ、これは。

 本当にかなりのワケ有りだ。

 いまのご時世、自分の家の住所も電話番号も知らないなんてことはありえない。

 隠しているとしか思えなかった。

 やはり、家出!?

 もしくは、虐待!?

 ジョウの頭の中では、後者の方が強かった。

 本当は、帰りたくないのではないか。

 ひどい父親か、夫か、それともヤクザなところで働かされていて、夜な夜な暴力を振るわれているのでは。

 ジョウの言う暴力とは、様々なものを指したため、彼の稚拙な右脳は、幼稚園児のクレヨン画並の画力で、ひどい騒ぎを演出していた。

 あーれー、お代官様、おやめくださいー、の世界である。

 汗が、彼の頬を伝った。

 こんな若い身空で―― 勝手な想像に、勝手に同情するジョウであった。

「とりあえず、ハラは減ってないか? 何か店屋物でも取ってやろう…なぁに、お金のことは気にしなくていいぞ」

 彼女に気づかれないように汗を拭き、同情深げな声を何とか作って、彼は電話の受話器をあげた。

 ハラがいっぱいになれば、もう少し落ちつくかもしれないと思ったのだ。
< 640 / 911 >

この作品をシェア

pagetop