冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「あ、結構です!」

 慌てたようだったが、拒否の声は強かった。

 驚きに、押し掛けたプッシュフォンのボタンを止める。

「あの…うちに帰ったら、おナベだから…きっと…待って…」

 ぼろぼろぼろっっっ。

 自分の言っていることで、穴に落ちてしまったらしい。

 彼女は、ついに泣き始めてしまった。

 うわぁ。

 内心で、思い切り焦った。

 こういうシチュエーションが、彼は一番苦手なのである。

 まだ、チンピラがナイフを持って食ってかかってきた方がマシだ。

 慌てて、他の署員を捕まえようとしたら、「あ、それじゃあ巡回に行ってきます」などと、帽子をかぶって逃げ出された。

 派出所内に、2人きりになってしまう。

 ジョウは、困ってしまった。

 いやもう、最初から困っていたのだが、その度合いがグンと跳ね上がったのだ。

 気分は、『犬のお巡りさん』である。

 迷子の迷子の子猫ちゃん、あなたのおうちはどこですか―― と、ワンワン言うしかないのだ。

 困りながらも、メイの側に膝をついて、威圧的にならないように下から見上げる。

「帰ってナベを作りたいのなら、すまんがもうちょっと協力してくれ。住所も電話番号も知らない状態では、教えることは出来ない。せめて、何か情報をくれないと」

 近くにあった銀行の粗品ティッシュを、彼女の側の机に置きながら、落ちついてくれることを願った。

 メイは、まだ泣いてはいたけれども、しばらく考えてはいたけれども、ついに頷いたのだった。
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