冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 こんな現状には、もう耐えられなかった。

 この事件が起きるまでは、きっと何もかもうまくいって大丈夫だと思っていたのに、彼女との間の無記入の契約書が、カイトを苦しめた。

 足に火をつけられる。


 家に帰り着くや、カイトは彼女の腕を掴んで引っ張って行った。

 もうバイクなど知ったことではない。また後ろで倒れる音がしたが、耳に入ってもいなかった。

「あっ…」

 転びそうになりながらも、彼女はその力に引っ張られていく。

 カイトの頭の中には、一つの単語が渦巻いていた。

 メイを失ってしまう、と。

 それは、今日ではなかった。

 しかし―― 疑惑が明日に延びたに過ぎないのだ。

 明日になったら、『今日こそは失ってしまうかもしれない』と、カイトは思う。

 明日は大丈夫でも、明後日にまた同じことを。

 これから毎日、きっとずっとそれを繰り返すだろう。

 ついに、ゴーストにとりつかれてしまったのだ。

 明日。

 唇が震えた。

 うなじの毛が総毛立つ。
 なかったのだ。

 カイトのビジョンでは、メイと自分の明日は真っ暗だったのである。

 また、身体がちぎられた。

 彼女がすぐ後ろにいるというのに、いま確かにこの手を掴んでいるというのに―― 離した瞬間に、全てが消えてしまいそうだった。

 離したら。

 階段を上る。

 玄関のドアも開けっ放しだ。

 離してしまったら。

 じゃあ。

 離さなければ。

 離れられなくなれば。

 違う。

 離したくないのだ。
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