冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「あんなに綺麗に結べたのは、初めてだったと思いますが……何か気に入らないことでも?」

 しかも。

 ほんの数秒、階段で見られただけなのに、相棒の目にはネクタイの結び目が、センチやミリで記憶されているような気がする。

 辺だの対角線だの、そういう数学的な意味で。
 目に、スケールでもついているのだろうか。

「仕事とカンケーねぇだろ」

 カイトは、これ以上話を続けて欲しくなかった。

 だから、そう言い捨てたのである。

 シュウが、何よりも大好きな仕事の方に話を切り替えたかったのだ。

「関係あります……あなたが自分でネクタイを結べるようになれば、私が『結んでください』と言う時間や、もしくは、私の手で結ぶ時間が短縮されます。その時間は短いですが、積み重ねれば…」

 まるで本を朗読しているようだ。

 もしも、シュウが学校の先生でもやろうものなら、生徒はきっと端から順番に、ドミノ倒しのように眠っていくだろう。

 音量も口調も、平坦で穏やかで―― そうして、機械的だ。

 ロボットというあだ名がつくはずである。

「へーへー……おめーの大好きな、チリも積もれば何とか、だな」

 カイトは手を投げ出すようにして、彼の持論を口から飛び出させた。

 しかし、決して同意したワケではない。

 カイトの好きな言葉は『論より証拠』とか『一攫千金』とか、そういうものだった。

 会社の金を安定した投資貯蓄に放り込んでいるのがシュウなら、逆張りで株を買うのがカイトだ。

「オレも、ネクタイを結ぶ時間より大事なことが山ほど……クソッ」

 カイトは、彼の言葉を逆手に取ってやりこめようとした。

 なのに、うまくいかなかった。

 最後の『クソッ』という言葉が出てしまったのである。

 いや。

 思い出してしまったのだ、ネクタイが締まる瞬間を。
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