冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 何とか服を戻して、ベッドから降りる。

 身体がよろけるのは、今日一日のいろんな驚きと緊張と、とにかくそういうものが一斉に襲いかかってきたせい。

 気を抜けば、そのまま床にへたりこんでしまいそうだった。

 震える膝を我慢して、メイは彼の部屋を出る。
 壁に手をついて、それに沿うようにした。

 あのまま、彼の部屋にはいられなかった。

 カイトが帰ってきた時に、どういう顔をして迎えていいのか、まだ全然分かっていなかったのだ。

 冷静になりたかった。

 落ちつけば、きっと一番いい答えが探せると思ったのである。

 しかし、思考は彼女が冷静になるのを待ってくれたりはしない。

 勝手にさっきのことを考え始めてしまうのだ。
 まだ、部屋にも帰り着いていないというのに。

 出ていく前のカイトの呆然とした顔が甦る。

 我に返って青ざめたような表情。

 現状を信じられないかのようだった。

 ということは、あの時のカイトの乱暴な態度は、きっと頭に血が昇って、自分が何をしているのか分かっていなかったことになる。

 冷静な判断によるものではなかったのだ。

 どういう引き金かは分からないが、彼は我に返った。

 そして、気づいたのだ。

 こんなことをするつもりではなかったのだと。

 それなら、これは―― 事故だ。

 単なる交通事故。

 カイトのバイクに、彼女がちょっと引っかけられただけなのである。

 バイクに乗っていた方はひっかけたことに気づいて、大事故ではないかと青ざめたのだ。

 全然、大したことじゃない。

 明日になれば、全部消えてなくなる。

 部屋に帰るまでの道のり、彼女はずっとそう言い聞かせた。

 せっかくここまでうまくいっていた毎日を、失いたくなかったのだ。

 そして、そんな事故で彼を嫌ったり軽蔑したり出来るハズがない。

 驚いたけれども、怖かったけれども―― でも、まだ心の中で好きの火はともっているのだ。

 あのくらいの風で消えたりしなかった。
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