冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 しっかりして。

 なのにまだ震えている自分を、そう叱咤した。

 彼女は、これからいままで通りの自分に戻らなければならないのだ。

 もう、さっきのことはなかったことなのだから。

 朝起こして。

 おはようございますを言って。

 朝ご飯を食べて。

 ネクタイを締めて。

 いってらっしゃいを言って。

 そんな風に、明日さえ乗り切れば、もう次の日からは普通の日だ。

 お互い、この事故を忘れていけばいいのである。

 ちょっとしたかすり傷を、いつまでも引きずりたくなかった。

 それよりも、もっと大事なことはいっぱいあるのだ。

 そして、ようやく部屋に戻った。

 え?

 その瞬間、別の驚きが現れた。

 部屋のドアは開けっ放しだったのだ。

 電気もつきっぱなし。そして、いろんなものが開け放されていたのである。

 バスルームへ続くドアも、クローゼットも。

 朝、彼女がちゃんと締めたハズの扉関係の全部が。

 一瞬、ドロボウが入ったのかと思いかけた。

 慌てて机に駆け寄って引き出しを開けるが、そこには預かっている洋服の代金が、そのまま入っていた。

 ということは、ドロボウではない。

 どうしてこんな…あっ!

 胸が震えた。

 分かったのだ。

 これは―― カイトが彼女を探した跡だったのだ。
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