冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 会社から帰ってきて、いなかった自分を部屋に来て探してくれたのだ。

 クローゼットまで開けて。

 いるはずだと思っていたメイがいなくて、きっと彼は驚いたに違いない。

 心配してくれた証が、全部そのドアたちに残っていた。

 ほら。

 胸が熱くなった。

 そのまま床に座り込む。

 顔を指で覆うと、涙が溢れてきたのが分かる。

 ほら、彼はこんなに優しい人なのだ。

 ランパブで大金を出してまで、どこの馬の骨か分からない女を助けて。

 でも、全然借金を返させようと言う気もなくて。

 ずっとよくしてくれた。

 そして、彼女が迷子になったのを、必死になって探してくれたのだ。

 バイクをすっ転がして、派出所に駆け込んでくれたのである。

 そんなことをしてくれる人が、身内以外で誰がいるだろうか。

 優しい人なのだ。

 あんまり怒った結果、自分でも何をしているのか分かっていなかったに違いない。

 だから、大丈夫なのだ。

 メイは、顔を拭った。

 早くこの涙を止めてしまいたかったのだ。
 いつまでも、泣いているワケにはいかなかった。

 またよろよろと立ち上がって、開いているものを全て閉めて回る。

 バスルームへ続くドアだけは、自分が入ってから閉めた。

 このひどい顔を、何とかしたかったのだ。

 今日一日のいろんなものを、全部お湯で流してしまいたかったのである。

 出てきた時には、いつも通りに戻っているハズだった。


 明日、『おはようございます』を言わなければならないのだから。
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