冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 一度しかノックをしたことのない部屋は、彼女を緊張させたが、もうこれが最後なのだと、息をついて扉を叩いた。

「はい、どうぞ」

 まるで、医者の診療時のような声で許可が出される。ゆっくりとドアを開けた。

 機能美というのを、とことん追求された部屋だった。

 いろんな書類や本はあるけれども、決して雑然とした様子はない。

 どれもこれも、パズルのピースのように、そこが最良の場所である、というところにはめ込まれていた。

「あの、ご本を…」

 とりあえず忘れない内にと、彼女はそれを差し出した。

 ああ、とシュウは眼鏡を直しながら受け取った。

「それから、ここでお預かりしている通帳などは、部屋の引き出しの中に入れていますので、ハルコさんにそうお伝えください」

 これも言っておかなければ。

「分かりました」

 本を、几帳面に本棚の中に戻しながら彼は答えた。

 他には。

 メイは、言葉を探した。

 伝え忘れがないようにと、頭の中を検索かけまくるが、もう他には見つかりそうにもなかった。

 そうなると不安になるのだ。

 この後、シュウに何を言われるのか。

 自分が出て行くくらいで、彼が声をかけてくる必要はない。

 ということは、何かカイトからの話があったのだろう。

 それを伝えられるのが怖かったのだ。

「では、私の話に入りましょうか」

 シュウに、その気持ちはわずかも通じていなかった。
 彼は、淀みのない口調で切り出した。
< 691 / 911 >

この作品をシェア

pagetop