冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「現金なしで、これからどうやって暮らすつもりですか? 行く当てはあるんですか?」

 まずは、一番の外堀。

 彼女が受け取るのを邪魔しているのは、物理的環境ではなく、精神的環境なのだ。

 それを破れば、これを受け取らざる得ないはずだった。

 ビクッ、とメイの身体が震える。

 うまく効いているようだ。

「住むところを探すのにもお金が必要です。食事をするのにも必要です。生きていくだけでも、このお金はあなたにとって必要なはずです。でなければ、あなたはこの家を出た瞬間から、途方にくれるに違いありません」

 手の中の書類袋が、がさっと音を立てた。きっと、中の現金がずれたのだろう。

 メイは、反論しなかった。

 ただ、黙っている。

 視線は、彼の方を向いてはいなかったが、話の内容を聞いているのは明らかだった。

 しかし、まだ拒もうとする気配がある。

 シュウは、切り札を出すことにした。

 ここが、交渉事の一番のパワー・ポイントだ。
 もう一押しで切り崩せる。

「また、ここに来る前にいた職場にでも、戻られるおつもりですか?」

 それが。

 シュウの切り札。

 彼女が、凍り付いたのが分かった。

 驚きと苦痛が入り交じる。

 そんな顔で、ぱっと顔をあげてシュウを見るのだ。

 触れられたくなかった話題のようだった。

「別に、カイトがあなたの過去をしゃべったワケではありません。私が自身の判断で調べました」

 まったく氏素性の分からない人間を、黙って家の中を自由にさせていたワケではないのだ。

 メイがどこの生まれで、どのような経緯をたどったってここまで来たのかさえ、既に調べ上げていた。
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