冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 あれだけの騒ぎを、不道徳な店で起こしていたのだ。

 事件そのものが、まだそんなに過去の話ではない。

 興信所を使えば、簡単に調べられた。

 それを知った時、もう少しカイトには落ち着きと、自分の立場というものを理解してもらいたいと思った。

 彼は、取締役社長なのだ。

 しかもゲーム会社の、である。

 ゲーム会社というのは、子供をターゲットにしている商売のため、対外的なイメージが非常に大事だった。

 いや、大人をターゲットにしているところも勿論あるのだが、世間的なイメージの問題だ。

 その会社の社長が、女性を不道徳な店から大金で買い上げて来た、などというスキャンダルが広まろうものなら、営業に障るのである。

 だからと言って、彼女に出て行けなどということは、シュウは言わなかった。

 結果的には大きな事件にもならなかったし、もし無理に追い出そうとしようものなら、余計にカイトの仕事に差し障りが出そうだったのだ。

 しばらく、静観することにしていた。

 結論は―― 彼女が出ていくという、シュウの考えていたものの一つと同じ道にたどりついた。

 どういう道程を踏んだか、彼が予想する必要はなかった。

「あなたが健全な日常生活を、今日から始めるためには、これは必要不可欠なのです」

 彼女の手に、もう一度お金を握らせる。

 今度は強く、ではなかったがそれを受け取る。交渉は成功したようだった。

 ついにで、名刺も渡せた。

 これで、シュウが指示された仕事は終わりだった。

 ガサッ。

 きゅっと彼女の指に力がこもって、袋が耳障りな音を立てる。

 シュウは、一瞬その指の方を見てしまった。

「あの方に…お礼をお願いします。最後まで、ありがとうございました、と」

 声が震えていた。

「分かりました」

 それくらいは、ものの十秒もかからない仕事である。

 カイトと出会う回数を考えたら、無理なことでも何でもなかった。
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