冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「私は…」

 そんな彼女に、シュウは態度を変化させる様子もない。

 ただ、淡々と言葉を続ける。

「私は、カイトがあなたを連れてきた時、正直言って驚きました。さっき言ったように、これまで彼がこのようなことをしたのは一度もなかったからです」

 眼鏡の中の目が、彼女をじっと見る。

 メイの中から、何かを探そうとするかのような目である。

「あなたの経歴が分かった時、あんな大金をかけるほどの価値があるとは、失礼ですが私には思えませんでした。彼は、時々不可解なことをやるので、今度のもそうだと思っていました」

 言われる言葉の一つ一つを、メイは聞き取るので精一杯だった。

 シュウは、別に早口という訳でも、発音が悪いという訳でもない。

 ただ、理屈めいた内容のために、分かるようで分からないのだ。

「しかし、どうも何か違ったようです。私には理解できませんが」

 困ったものです、とシュウは息を吐く。

 彼の言っていることの方が、うまく理解できない。

 メイは、ぱたぱたと瞬きをした。

「営業権という言葉をご存知ですか?」

 そして、また突拍子もない言葉を出して来たのである。

 そんな言葉、聞いたことがないとまでは言わないが、知っている言葉でもなかった。

 営業する権利か何かだろうか、と彼女は首を傾げる。

「あなたにお貸しした、この『マーケティング六法』という本の最初の辺りについていた言葉ですが」

 やれやれ、という風にまた息を吐いた。

 メイは、そう言われても覚えていない。
 というより、そこまで読み進められなかったのだ。

「営業権と言うのは商業用語で、店に対する付加価値のようなものです。たとえば、道の両側に、同じ規模で同じものを扱っている店があったとしましょう。もしも、その店を合併吸収する時の金額は、普通ならば右の店も左の店も同じはずです」

 シュウは、こういう内容に関しては多弁だった。

 メイは、一生懸命頭の中に画像を思い浮かべて、シュウのいう環境を作り上げようとした。

 浮かんだのは、お弁当屋さん。

 ぽかぽか堂とほくほく亭というお店が両側にある。
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