冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 あんな人は、もうどこを探しても、他にはいない。

 ほかは、全部違う人なのだ。

 シュウが言ったが、きっとこれで彼は元通りの生活に戻るのだ。メイが入ってくる前の生活に。

 しかし、彼女の方はカイトと完全な決別というワケではなかった。ささやかながら、情報を手に入れることが出来る。

 彼の職場や、仕事の内容は知っているのだ。

 メイはゲームには詳しくなかったけれども、どこかで『鋼南電気』の名前を聞けば、ああ、彼は頑張っているのだと分かるだろう。

 働いて余裕が出たら、ゲーム機を買おう。

 そして、どれがカイトの携わったゲームか分からないけれども、『鋼南電気』のゲームを買おう。

 そうしたら、どこかに彼の匂いを探すことが出来るかもしれない。

 『Victor』という、音楽関係の会社のロゴを思い出す。

 あの有名な、犬が蓄音機の前で首を傾げている図柄だ。

 メイは、その絵の下に書いてある文章を読んだことがあった。

『His Master's Voice』

 あの犬の主人の声が、蓄音機から聞こえているのだ。

 主人は目の前にいないのに、声だけは聞こえる。

 犬は首を傾げて、でもじっと耳を澄ましている。

 ゲームでも。

 じっと耳を澄ませば。

 目をこらせば、そこにカイトがいるような気がした。

 本物には会えなくても、彼の声だけは聞くことが出来るかもしれない。

 だから、早く仕事を探して働き始めなければならない。

 メイはゆっくりと起きあがった。

 職を探す前に、まず彼女は、お弁当屋を探しにいかなければならなかったのだ。


 ぽかぽか堂でも、ほくほく亭でも―― どっちでもよかった。
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