冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「社長、ネクタイを」

 差し出すが、彼はあらぬ方を向いたままだ。
 まったくもって無視を決め込む様子である。

 いままでのカイトなら、イヤなものの前で絶対にこんな無視などしない。

 癇癪を起こしてでも怒鳴ってイヤを貫き通すのだ。

 しかし、いまの彼は怒鳴る気力もわき上がらないようである。

 ふぅと、シュウはため息をついた。

 こんな状態になった原因を、探るまでもなかった。

 あのイレギュラーの女性がいなくなって、いや、いなくなる少し前からこんな風になってしまったのだ。

 彼女がいなくなることで、カイトの生活は元に戻るはずだった。

 理論でいけばそうだ。

 不確定要素を除いたのだから。

 なのに、カイトは変わらないままだ。

 それどころか、どんどん症状が進行している。

 何故、女性一人いなくなっただけで。

 やはり彼には理解できない。

 しかし、このネクタイだけは、締めてもらわなければならないのだ。

 シュウは実力行使に出た。

 腕を伸ばして、彼の首に縄を―― ではなく、ネクタイをかけようとしたのである。

 バシッッ!

 あの態度からは信じられないくらい強い力が、いきなりシュウを襲った。

 その勢いに、思わずよろめいてエレベーターの壁に手をついた。

 ドラキュラが十字架を恐れるように、ネクタイを恐怖しているようにさえ思えた。
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