冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 欲しい、とかいう気持ちが先走ってしまったのだ。

 どうして、こいつはこんなに。

 うーん。

 ソウマは、どうしても学力の向上しない生徒を見る教師の気持ちだった。

 これが学校なら、他の分野で頑張りなさい、と言えるのだが―― メイの代わりはいない。

 だから、タチが悪いのだ。

 たった一つのものを欲しがって、手に入れられなかったのである。

 ここで、「他にもいい女はゴマンといるさ」なんて言葉を、とてもじゃないがかけられなかった。

 シリをひっぱたいて、カイトに彼女を連れ戻させようと思っていた。

 しかし、いまの彼は自己嫌悪のカタマリである。

 彼女に乱暴をした記憶にうちのめされている。

 メイが、ただビックリして逃げただけなら、まだ救いはある。

 突然の出来事に、ただ驚いてショックを受けただけなら。

 しばらく間を置いて落ちつけば、分かってもらえるかもしれなかった。

 だが、いまのカイトには、その希望も見えていない。

 自分で自分を縛り上げ、目隠しをし、泥の中に沈んでいるのだ。

「まずは、そこから這い出て来い…でないと、赤も黄色も分からないぞ」

 ソウマはバスタブから立ち上がった。

 そうして、ガスをつけるボタンを押した。

 すぐにシャワーは温かい湯に変わる。

 彼は、そのままバスルームを出た。

 そこから抜け出さなければ、カイトに希望は見つからない。

 このまま断崖絶壁向かって、歩き続けるだけだ。

 それこそ、もう何のチャンスもなくなる。

 メイが必要だった。

 しかし、いまのソウマは彼女を探すよりも、先にやらなければならないことがあった。

 この家に誰か必要だったのだ。

 カイトに、人間として最低限の生活を送らせるためにも。

 帰って、すぐにでも妻とその身体に、相談しなければならない。


 その前に―― クローゼットの中にあったビールを、ケースごと窓から投げ捨てた。
< 741 / 911 >

この作品をシェア

pagetop