冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「びっくりしたわよ…」

 有線放送が流れていた。

 メイは、おしぼりで目を拭う。

 早くこのみっともない顔を、元に戻したかった。

 あの場所からさして離れていない、とある居酒屋に連れてこられたのだ。

「ジョウくんが、泣いた女を連れて来るなんて思ってもみなかったわ…隅におけないわね」

 カウンターの内側で、女将が笑っている。

 もう一つ、新しいおしぼりをくれた。

 女将というには、まだかなり若い。

 結い上げている黒髪が大人っぽく見せてはいるけれども、それは分かった。

「すみませ…ん」

 鼻声でお礼を言いながら、新しいおしぼりでもう一度顔を拭いた。

 あんな町中で泣いてしまうなんて。

「人聞きの悪いことを言わんでくれよ、オレだって困ってるんだから…あ、いや、別にそういう意味じゃないぞ!」

 迷惑をかけられたとかじゃないぞ、と巡査さんは慌ててフォローをしてくれた。

 きっと、彼も余り口が器用ではないのだろう。

 その感触がカイトをまた思い出させ、うっとこみ上げるものがあった。

 慌てて、おしぼりで瞼を押さえる。

「はいはい、あなたの彼女には黙っておいてあげるわよ」

 女将がにこにこしている。

「あいつは、ホントに泣くから…そういうのは冗談でも勘弁してくれ」

 頭を押さえながら、巡査はお酒を注文した。

 この巡査さんには、誰かいい人がいるのだ。

 きっと大切なのだろう。

 言葉の端々から、それが読み取れた。

「何か飲むか?」

 隣のメイに聞いてくれた。

 ようやく落ちついてきて、彼女はまぶたからおしぼりを取った。

「あ、いえ…私は」

 これ以上、気を遣ってもらうワケにもいかず、慌てて遠慮する。

「あら…食べて行きなさい。うちの料理はおいしいわよ…大丈夫! ジョウくんにツケておくから」

 ね?

 にこにこ。

 女将の強引な微笑み。
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