冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「え、あ…あの…」

 出ていこうとするジョウと、女将を交互に見比べながら、メイは戸惑った。

「そうだな、ゆっくりしていけばいい…金のことは気にするな」

 あの時オゴれなかった、メシ代だと思ってくれ。

「そんな!」

 とんでもない、とメイが出ようとすると、いつの間にか女将がカウンターから出てきて、まあまあ、と彼女を席に戻そうとする。

「誰かいい人が待っているなら止めはしないけど、そうでないなら…ご飯でも食べて行きなさい」

 何気ない言葉だったのだろう。

 でも、その言葉を言われたら、身体から力がすーっと抜けてしまって―― 席に座ってしまった。

 うなだれる。

 そうなのだ。

 誰も待っていないのだ。

「あら、悪いことを言った?」

 心配そうに聞かれて、慌てて『いいえ』と首を振る。

 お酒を差し出されて―― でも、今度は黙って受けた。

 お酒を、自分から飲みたい気持ちになるなんて、思ってもみなかった。

 一口、また飲んだ。

「好きな…人がいるんです」

 ぼそっと。

 それは、お酒が勝手に言わせている言葉。

 自分とカイトのことを知らない人相手だからこそ、こぼせる言葉だった。

「そう…私もいるわよ、好きな人」

 ちょっと暗いところと、長髪なのがタマにキズかしらね、あの男は。

 言いながら、でも女将はその人を思い出しているような目になった。

「すごく…すごく、優しい人なんです。会社も忙しいだろうに、早く帰ってきてご飯を食べてくれたり、雨の中、お米を3袋も買いに行ってくれたり…」

 甦る。

 涙は出てこなかったけれども、頭の中をまたあの日の記憶が巡り出す。

 びっくりしたり、嬉しかったり、毎日すごく特別な日ばかりだった。
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