冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 ソウマだ。

 気がついたら、服のまま熱い風呂につかっていた。

 頭の上から、ざばざばと熱帯の雨が降っていたのだ。

 もうソウマはいなかった。

 そのまま、湯船の中に彼は一度沈んだ。

 頭まで。

 音も視界も何もかも、実世界とは違う。魚たちが見ている景色が現れる。

 しかし、そこは熱帯の水の中ではない。

 水草もなければ、他の魚たちもいない。
 ずさんな人間が管理している、ずさんな水槽がいいところだ。

 生きているのは自分だけ。

 上の方から、まだ雨が降っている音が聞こえる。

 水の中から聞く雨。

 空気が球体に見えるのも、水の中だからこそ。

 沈んだまま、水面を見上げる。

 波紋とさざ波が浮かんでは乱れ、割れては生まれていく。


 水槽の中に、一匹だけ。


 よく覚えていないが、ソウマにしゃべってしまったような気がした。

 自分がメイに何をしたのか。

 また一人、軽蔑される相手を増やしたに過ぎない。

 だが、他の人間に軽蔑されることなんてどうでもよかった。

 何も感じない。

 これでもう、ソウマが構ってくることはないだろうし、メイの話を蒸し返してくることはないだろう。

 ハルコもそうだ。

 そういう意味では、よかったのかもしれない。

 不思議と、呼吸が苦しい感じはなかった。

 ざばっと湯船から顔を出す。

 まだ、雨は降っていた。


「つきましたよ」


 言われて車を降りたら、一瞬目眩がして―― カイトは頭を左右に振って、自分を取り戻した。
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