冬うらら~猫と起爆スイッチ~
●165
 また、泣いてしまった。

 ようやく落ちついた頃、冷め切ったお茶のお代わりが注がれる。

 ハルコは、いつも彼女にお茶をいれてくれた。

 一番最初の時も。

 あの時も、メイは泣いて。

 優しいお茶の味を、今でも覚えている。

「昔ね…私、お姫様になりたかったの」

 お茶のおかわりにようやく手をつけた彼女に、ハルコがそんなことを言った。

「お姫様と言っても、劇よ…学校でよくある文化祭とかの劇。配役を決める時、本当は私、すごく主役のお姫様の役をやってみたかったの。綺麗なドレスが着られたのよ」

 膝の上で指を組んで。

 思い出すように、ハルコは話を続ける。

 言葉の最後のところは、ちょっと微笑んで。

 自分でも、動機が不純だと思ったのだろう。

「それで、私ともう一人の女の子が候補になって…じゃあ多数決でってことになったの。あんなにドキドキしたのは、きっとそんなにはないわ」

 昔は、これでも内気な方だったのよ。

 自分ではそう言っているが―― 何となくメイにも想像が出来た。

 彼女は、そんなに騒がしい人ではなかっただろうと。

 勉強が出来て、優しくて、すごく人に憧れられる存在ではあっただろうけども。

「どっちがいいか、手を挙げてください…今思えば、ちょっと残酷な多数決だったわね。せめて、投票にすればよかったのに」

 結局、1票差で負けてしまったの。

 残念だったわ、と、ハルコはいまでも鮮明に思い出せるようなため息を漏らした。

「でも、一番ショックだったのはね…ソウマが、私に手を挙げてくれなかったことなの」

 小学校の頃お隣に越してきて、ずっと仲良くしてきた人だったのに、手を挙げてくれなかったのよ。

 逆に取れば、彼が手を挙げさえしていれば、今頃こんな風に、『お姫様になりたかったの』と言うことはなかったのだろう。

「何故ですか?」

 いま、2人は結婚しているのだ。
 それを考えれば、昔から仲が良かったに違いないのに。
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