冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「出ましょうか」

 メイは言った。

 もう十分におなかもいっぱいだし、お酒も飲んだ。

 カウンターの椅子から降りて出口に向かう。
 コートに袖を通しながら。

 後ろからついてくるカイトが―― サイフを出す気配がした。

「あっ! 今日は私が払います!」

 慌てて振り返って、メイは彼にストップを出した。

 最初から、そのつもりだったのだ。

 ここは良心的な店で、料理もそんなに高くないし、短い期間とはいえ、パン屋で働いたバイト代が入っていたのだ。

 だから、自分の稼いだお金で、ごちそうしたかったのである。

「あの、ちゃんと働いたお金ですから! お願いです、おごらせてください!」

 カイトのくれたお金ではないのだ。

 パン屋のバイト代くらいでは、生活費のタシにはならないので、結局彼からのお金を使うことになるのだが、ここの支払いだけは、ちゃんと働いたお金でやりたかったのだ。

 カイトが眉をしかめた。

 彼女の申し出を歓迎していない顔だ。

「ああもう、いいから、ちゃっちゃか払っていきなさい。ぐずぐずしてたら、そちらのおにーさんが万札出しそうな勢いよ」

 女将が助け船を出してくれたので、慌てて支払いを済ませる。

 横から、万札がにゅっと出てこないことを祈りながら。

「ごちそうさまでした」

 初めて、カイトにごちそうしたという事実に、メイは興奮していた。

 ドキドキとうわずる声で、女将にお別れを告げる。

「頑張りなさい…」

 小さな声で、ぽそっと言って見送ってくれた。

 頑張るって。


 メイは―― 迷っていたのに。
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