冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 しかし、一度手を握ってしまうと身体の中で、わっと大きな音が生まれた。

 自分の内側全体が、音楽ホールにでもなったかのように、わんわんと音を反響している。

 いま、自分がどこにいて、何をしているのかさえ分からなくなるほど、強い衝動に揺さぶられるのだ。

 言わな…くちゃ。

 そうしなければ、ならなかった。

 もう。

 後のことは、考えられなかった。

 いま、この手にある温度にすがるより他、彼女には何の道もないように思えたのだ。

 わんっ、と身体の中がハウリングする。

 足が震えた。

「今日は…今日のこれは、実は…デートだったんですよ」

 唇だけは震えないように我慢しながら、彼女は言葉を紡いだ。

 何を言おうかと考えていたが、その中のどれでもなかった。

 勝手に口が、そんなことを言ったのだ。

 一度、そこで強く唇を結ぶ。

 まだ―― 言葉は全然足りなかった。

 唇を開いて、冷たい空気を肺に入れる。

「ずっと…こうやって、一緒に歩いてみたかったんです。一緒にご飯を食べて…えっと、お金もホントは割り勘にして…普通みたいにデートしてみたかったんです」

 普通みたいに。

 それが、いままで出来なかったことだ。

 溝のようなものが、いつも2人の間には存在した。

 彼は気にするなと言ってくれていたのに、メイの目から消えたりはしなかったのだ。

 その溝を、いま彼女は踏み越えられたような気がした。

 自分で生活を始めた。
 ちゃんと仕事も始めた。

 初めて、彼と対等になれたような気がしたのだ。

 いまだったら、胸を張ってカイトと向かい合えるような気がした。

 でも、張れるはずの胸が、いまは痛い。苦しい。

 まだ伝え終わっていないのだ。内側に、溢れんばかりの言葉が、いっぱいいっぱい残っている。

 これを全て吐き出してしまわないと、メイは彼を見ることが出来ないような気がした。
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