冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 いまの歌が、どういう意味なのか、ちゃんと考えなければならなかったのだろう。

 しかし、考え終わるまで耐えられなかった。

 石化の魔法は解けて、そして、そこにメイがいたのだ。

 強く、強く抱きしめる。

 腕いっぱいに彼女を抱きしめる。

 だが、自分が彼女を抱きしめるのに一生懸命で、内側にいる彼女の感触に神経を向けることが出来なかった。

 これでは離れた瞬間に、この事実を忘れてしまう。

 しかし、やっぱり自分が抱きしめるので精一杯だった。

 彼女が胸の中で何かを繰り返したが、カイトには聞こえなかった。

 とにかく、ぎゅっと抱きしめていたかった。
 それしか出来なかったのだ。

「ヒューッ! お熱いね!」

 偶然、公園を通りかかっただろう野次馬に冷やかされるまで、ずっとずっと抱きしめていた。

 メイが、その声に驚いたように彼から逃げる動きをした。

 抱きしめているのを、彼女に拒まれた瞬間―― カイトの腕は緩んだ。

 ずっと離したくなかったのに、同時に、彼女がイヤなことは、何一つ出来ない身体だったのだ。

 あっ。

 突然の喪失感。

 もう腕が、彼女を抱きしめていた感触を失ってしまったのだ。

 狂おしく、感情が逆巻く。

「あ、あのっ…うち、近くですから…」

 慌てたような手の動きで、彼女は何度も目の辺りをこすったかと思うと、カイトを見上げることもせず、彼の手を取って引っ張った。

 体温が、戻ってくる。

 手という狭い範囲だけだが、彼に戻ってきた。

 顔を冷たい風がなぞって。

 カイトは、空いている方の手のひらで強く拭った。

 メイは、あの場にはもういられないと言うように、足早に歩いていく。

 手を握ったまま。

 彼は、引っ張られるばかりだった。

 その背中を見る。

「あの…うち、ここの2階なんです」

 落ち着かない声と動きで、手が離された。

 建物を見上げる。

 お世辞にも、綺麗とは呼べないアパートだった。
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