冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「ハルコか?」

 カイトの電話での第一声はそれだった。

 社長室に一人きり。

 秘書も近づけさせずに、受話器を取る。

 絶対にあの車の中で、電話をかけたくなかったのだ。

 シュウの耳に記憶されるなんて、まっぴらゴメンである。

『はい』

 穏やかな、聞き慣れた声だ。

 一時期は、本当に毎日、この声を聞いていた。

 直接でもケイタイでも。
 どこへ行くのも一緒だったのだ。

『あの…』

 何か言いたげな声。

 時計を見る。

 来ていてもおかしくない時間だった。

 もしかしたら、もうメイの前にいるのかもしれない。

「オレの部屋に…あー…女がいるけど…気にすんな」

 奥歯に苦虫をはさみながら、カイトはうなり声を交えて、ようやくそれを絞り出した。

 反応に一瞬間があったのすら腹が立つ。

 すぐに、『はい』と言えばいいのだ。さっきのように。

 なのに答えは、『そうなんですの』ときたものだ。

「いーから、気にすんな! 分かったな!」

 言うと、『分かりました』とは答えるものの、『そうでしたの』とか、また余計なコメントをつける。

 ムッ。

 電話を持つ手に力がこもってしまった。

「そのまま放っておけ…ああ、そうじゃねー…クソ…うー…何か、そいつの着るもん買ってこい…金は、おめーに渡してるカードがあんだろ」

 何でこんなに言い慣れていないことを、自分が言わなければならないのか。

 しかし、いつまでもあのシャツ姿でいられるワケにもいかないのだ。

 彼の部屋には、メイに似合うものは何一つないのだから。

 ハルコには、カイト名義のカードを持たせてある。

 勿論、小回りの利く現金も渡してあるのだが、そんなに大金ではなかった。

 受話器の向こうが笑った声になる。

 ハルコは声をあげて笑うよりも、目で笑う。声の端で笑う。

 それが分かった。

 そして――言った。
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