冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「あ、あの…これ…?」

 驚きとか困惑とか、そういうもので一杯の、とにかく混乱した表情で、彼女は見上げてくる。

 彼が苦労して奪い取ってきたものとの間を、交互に視線が行き来する。

「書け!」

 カイトは、もう一回言った。

 他に、どう表現すればいいのかなんて分からなかった。

 とにかく、ここまで全て勢いで持ち込んだのだ。

 いや、ただの勢いではない。

 もう彼女を絶対に手放したくないという、強固な後ろ盾のある勢いだった。

 これを、メイが書けば。

 そうすれば。

 彼女は、社会的にさえ自分と一緒にいることが可能なのである。

 誰からも咎められることなく、誰にでも胸を張って、彼女が自分のものであるということを主張できるのだ。

 いま出来る、一番最大のことだった。

 いや――本当は婚姻届ごときで、自分の不安が簡単に拭い去られるとは思っていない。

 しかし、この紙きれさえも提出していないと、更に大きな不安が押し寄せてくるのだ。

 そんなのはもう、耐えられなかった。

 何故、気持ちが通じてなお、離れて暮らす必要があるというのか。

 逆に、一緒に暮らす大義名分がないと言うのなら、もう彼にはこの方法しか思いつかない。

 婚姻関係。

 おそらく、一生側にいるという契約書。

 この契約書が、絶対破棄出来ないものであったら、もっといいのに。

 メイが、自分とその用紙を何度も何度も見比べる。

 そこで。

 初めて胸が冷たくなった。

 もしかしたら、と。

 もしかしたら、彼女はカイトと結婚したくないのかもしれない、と。

 いまの今まで、その可能性について考えてもいなかった。

 一番自分がやりたいことだけを考えていたので、そこまで頭が回らなかったのだ。

 眉間にシワが寄る。

 苦しい気持ちがわき上がってきて、それを押さえようとしたらそんな表情になるのだ。

 いや…か?

 口に出して聞いたら――真実になってしまいそうだった。
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