冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「もう…」


 ぼそっと。

 重い口を、カイトはようやく開く。

 自分が何を言おうとしているのか、よく分かっていなかった。


「もう…離れちまうのなんか…まっぴらだ」


 苦しい顔を見られたくなくて、顔を横に向けた。

 あんな。

 彼女を傷つけたり、スレ違ったり、自分を憎んだり。

 もう二度と、そんなことはイヤだった。

 それをどうしたら、彼女に伝えることが出来るのか。

 いま、カイトが言ったようなセリフでは、やはりうまく伝えられた気がしない。

 もっとうまく伝える言葉が、この世にはあるハズなのだ。

 それなら、たった今だけでいいから、彼に宿って欲しかった。

 なのに、いままで彼があんまりムゲにしてきたものだから、今更言葉の神さまは振り返ってくれなかった。

 つれなく遠くに行ってしまっただけである。

 クソッッ!

 思い一つきちんと伝えられなくて、カイトは苛立った。

 これでは、彼女に拒まれてしまうかもしれない。

 また離れて暮らす日々を、続けなければいけないかもしれないのだ。

 そんな彼の横で、メイが動いた。

 しかし、用紙の中身を埋め始めたワケではない。

 立ち上がって、台所の方に行ってしまったのだ。

 カイトは目を見開きいた。

 動けない。

 いまの彼女の行動が、一体どういう意味を持つのか――詳しく理解したくなかったのだ。

 そんなことをしてしまったら、カイトは足元から壊れていきそうだったのだ。


 壊れ出す前に。


 彼女は帰ってきた。

 ハッと、視線を上げる。

 メイが、もう一度ちゃぶ台の前に座るところだった。


 手には――ボールペンを持っていた。


 彼は、何も書くものを渡していなかったのだ。
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