冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「…」

 彼が、何も言えるハズがなかった。

 スーパーで抱きしめたい衝動を抑えきれず、買い物を中断して、こんなところに連れ込んで、メイを抱きしめているのだ。

 変に思われたって仕方がないだろう。

 抱きしめるということを、我慢してきた日々があった。

 きっと、その反動なのだ。

 もう、絶対に我慢なんかしたくなかった。

 わがままなのは、百も承知だった。

 けれど、腕を離せない。

 離せるとしたら――メイの拒絶があった時だけだ。

「カイト……人が来るかも…」

「黙ってろ…」

 いま、彼はメイという存在を、この身体で抱きしめているのである。

 もっとしっかりと、愛しさの形を感じていたかった。

「えっと…買い物…」

「後だ!」

 愛しさとイライラというのは、どうしてこんなに仲良しなのか。

 カイトは、その二つにいま振り回されているのだ。

 愛しさという精霊は、きっとメイと同じ姿をしていて、イライラという精霊は、カイトと同じ姿をしているに違いない。

 言葉の響きと、彼らの様子はぴったりだった。

 愛しさの周囲を、まるでロープでぐるぐるにするようなイライラの衝動。

 彼の衝動に、まだ全然慣れていないメイを、とにかく自分自身が落ちつくまでずっと抱きしめていた。

 買い物の続きは、ずっと後になった。

 しかし。

 彼女の選んだホウレン草の入った黄色いカゴは、運良く同じ場所に置き去りにされたままだった。

 持ち主不明のそれは、さぞや他の買い物客には不審がられただろう。


 2人――恥ずかしさが押し寄せてしまって、後は、まったく無言のまま買い物をした。
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