冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 黙り込んで、動きも止めてしまったのだ。

 昨夜は、本当に何も考えずに身体が動いたというのに。

 いざ、『はいどうぞ、ご自由に』という状況だと、戸惑いまくるのである。

 いままでの、触れられなかった期間の後遺症だろうか。

 動いたのは、メイの方が先だった。

 彼女は、突然ベッドの上で、彼に向かって手をついたのである。

 驚く間もなかった。

「あの…ふつつかものですが…末永く…よろしくお願いします」

 ペコリと、頭を下げたのである。

 まるで、どっかのドラマか何かで聞いたことのある言葉を言いながら。

 カイトは、固まってしまった。

 まさか、こんなに改まって挨拶されるとは思ってもみなかったのである。

 メイにしてみれば、言わなければならないことだったのだろうか。

 もしかしたら、彼が風呂に入っている間に、そんなくだらない文句を考えていたのかもしれない。

 どういう理由にせよ。

 カイトが更に、混乱の泉に突き落とされたことだけは間違いなかった。

 いきなり相手に改まれると、彼はどうしていいか分からなくなってしまう。

 何か、返事を言わなければならないのか。

 改まった返事というものはどういうものなのか、カイトは知らなかった。

 ドラマだって、メイの言った言葉は聞いたことがあるが、返事の方は聞いたことがなかったのだ。

 もしかしたら、彼女はこういうところをちゃんとしていないと、イヤなのかもしれない。

 だから、いまカイトの言葉を、期待を込めて待っているのかも。


 しかし――完全に、カイトの言語中枢は停止していたのだった。
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