冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 こんな挨拶に、慣れていないのだろうか。

 まあ、結婚の挨拶なんて、普通慣れている人はいないだろう。

 一体、どういうタイミングで彼のギューっというヤツが来るのか、まだタイミングの計れていないメイは、何とかその間合いを計ろうとしたが、今回その衝動はないようである。

 しかし、ぎゅっとされないならされないで、彼女は寂しいのだ。

 あの腕の温かさとか強さとか、それを感じると、戸惑ったりドキドキしたりするが、幸せな気持ちになるのである。

 彼が、自分を好きだという証拠のようにも思えるのだ。

 一体、どこを好きになってもらえたのか、分からないのは不安になる。

 カイトは、そういうことは一言も言わないので。

 それなのに婚姻届などという、とんでもない道を突っ走ったのだ。

 カイトは、その現実をどんな重みで受け止めているのだろうか。

 しかし、いまの彼は押し黙ったままだ。

 カイトが、言葉が苦手なのは分かっている。

 だが、言葉でなければ分からない瞬間も、たくさんあるのだ。

「末永く…」

 メイは、ほとんど無意識にぽつりと呟いていた。

 その言葉は、これからおそらく一生という意味。

 これが―― カイトを戸惑わせてしまったのだろうか。

「ふつつか者ですけど…末永く…一生…側に置いてくださいね」

 不安が、彼女の視界を少し曇らせる。

 言葉が震えてしまった。

 何か言って。

 メイは、それを強く願った。

 指が。

 動いた。

 自分のではなく、カイトの指が。

 そっと、彼女に触れて。

 それからゆっくりと抱き寄せてくれた。

 ベッドのスプリングのせいで体勢を崩してしまって、倒れ込むようにカイトの胸に引き込まれた。

 ぎゅっと。

 身体に回された手に力がこもる。

 言葉は、ずーっと後だった。

 それまで、強く抱きしめられているだけだ。


「おめーは…ふつつかなんかじゃねぇ」


 切なくて、まるで苦しそうな声だった。
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