冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 カイトは――手のやり場を失った。

 抱きしめるはずだったのに、逃げられてしまったのである。

 まさか。

 ホントに夢だったんじゃないだろうな!

 かっと、苛立ちの血が巡る。

 そんなことだけは、あってはいけなかった。

 あんなに苦労して結婚までしたというのに、全てが夢オチだったなんて、シャレにもならない。

「お湯かけっぱなしでした…」

 自分の失敗に照れたような笑顔で、メイが帰ってくる。

 しかし、そのまま自分の席に座ってしまう。

 カイトが動けないでいると、きょとんとした彼女の視線が上げられた。

 どうかしたのか、とでも聞きたげな茶色の目。

 クソッ!

 一人、マヌケ面で突っ立っている自分に気づいて、乱暴な動きで席につく。

 一番大事なことを後回しにさせられた気分だ。

 なのに、メイはにこっと笑った。嬉しそうに。

 全然、嬉しくねぇ。

 ぶすったれたまま、彼女の作った朝食に箸をつける。

 みそ汁をすする。

 間違いなく、メイのみそ汁だった。

 茶色の瞳が、自分を見ている。

 分かっていた。

「うめぇ…」

 ちら、とその椀から視線だけ上げて、彼女を盗み見る。

 世界で―― 一番幸せそうな笑顔をしていた。

 そうじゃねぇだろ!

 たかが、みそ汁をうまいと言ったくらいで、どうしてそんなに幸せになれるのか。

 それよりも、自分の甲斐性で笑顔を浮かべさせたかったのだ。

 何でも欲しいものは買ってやれるのに、いままでお金絡みでそんな顔をさせたことは、一度もなかったような気がする。

 これでは、いったいどういう時に、彼女が幸せなのか分からないではないか。
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