冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「いえ…ヒマさえあれば、すぐ開発室にこもられていたようでしたから」

 社長室は、空のことが多い。

 カイトを探す時は、まず開発室に電話をかけて確認するのが定石というくらいに。

 社内では、開発室の隣に秘書室を作ろうという冗談が出て、気位の高いカイトの秘書が、眉を顰めたらしい。

「ったく…おめーはおめーの仕事をしてろ! オレの動向をイチイチ…!」

 カイトは、文句の限りを尽くそうと思った。
 しかし、背広の内側から振動が伝わってくる。

 ケイタイだった。

 今日は、会議なので緊急以外はかけるな、と秘書には言っていたはずだ。

 仕事用のケイタイなので、知っている人間は、社内でもほとんどいなかった。

 チッと舌打ちしながら内ポケットから取り出すと、電話番号を確認する。

「…!」

 ビクッと、身体が先に反応した。

「どうかしましたか?」

 シュウが身を乗り出してくる。

 カイトは慌てて立ち上がった。
 少しでも彼から離れるために、窓辺の方まで早足で歩く。

 電話は。

 彼の自宅の番号だったのだ。

「オレだ…」

 極めて、落ち着かない声が出てしまった。

 自分でも信じられないくらいに。

 それにハッと気づいて、咳払いを一つする。

 シュウの視線が気に入らないので、そっちに背中を向けた。

 一体、何の用だ。

 カイトは、ケイタイの向こうの反応が遅いので、イライラした。

 いや、実際はそんなに遅くないのに、わずかな時間でも、彼には1分にも2分にも感じてしまうのである。

 納期寸前の仕事よりも、タチの悪い気分だった。

『ああ…ハルコです。いま、ちょっとよろしいでしょうか?』

 案の定、電話の向こうは彼女だった。

 ふぅっと、ちょっとだけ気が楽になる。

 当たり前のことだ。

 家から電話をかけてくる相手が、他にいるハズなどないのに。

 楽になりたくて、カイトは片手でネクタイを少し緩めていた。
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