冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「帰りの時間なんて知るか…シュウに聞け」

 怒った声のまま、続ける。

 一度進んだ感情を、ある程度まで戻すことはできても、平静にまではなかなか持っていけなかった。

 ギシ。

 後方のソファがきしんだ。

 どうやら、シュウ・アンテナに会社からでないという判断でもされたのだろう。

 てめーはどっか行ってろ!

 内心で、後方の眼鏡を追い払う。

『できれば…早く帰ってらっしゃってください』

 ハルコの言葉は、要領を得ない。

 カイトはまた、怒り度数を上げようとした。

 しかし、彼女の言葉の方が先に出てくる。


『彼女……泣いてらっしゃいましたよ』


 ピシッッ。


 鏡にヒビの入る音が、背広の中から聞こえた。

 勿論、彼に鏡を持ち歩くような趣味はない。

 背広の中の、シャツの中の、もっと内側にある鏡。

 そのヒビ入りの鏡の中で。

 チョコレート色の目が自分を見ている――ぼろぼろと泣きながら。


 ビシビシッッッ。


 ヒビは大きくなり数を増やし、ついにはその茶色の目の真ん中を通った。

 涙もいくつにも引き裂かれる。


 言葉を失ったままのカイトは、自分の中に鏡があるなんてことを、生まれて初めて知った。
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