冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「そんな…」

 冗談もほどほどに。

 そういう冷や汗の感触が目の前から伝わってくる。

 勿論、カイトは聞いちゃいなかった。

「…1…0」

 カイトは、ついにカウントを終えた。

 バーコードを見るが、こういう事態は初めてなのか、固まったままだ。

 背中を向けた。

「決裂だ…帰るぞ」

 イエスもノーも、自分の判断で決定を下せない管理職相手に、取引をする気にもならない。

 彼は、惜しげもなかった。

 シュウを見もせずに投げ捨てるように言う。
 そうして、カイトはネクタイを緩めながら、大股で出ていこうとした。

 もう仕事は終わりだ。

 チッ。

 なのに、舌打ちが止められない。

 頭の真下で、まだ燃えさかるマグマが溢れ続けているのだ。

 いまなら、どこにでも飛び火して、延焼させてしまいそうなくらいだった。

「ま…待ちたまえ!」

 冷たい背中に向かって、声が投げられる。

 しかし、カイトは足を止めなかった。
 ガツガツ靴底が音を立てる。

 靴音が変わった。

 会議室の床と、廊下の床の材質が違うせいだ。

「わ、分かった…そちらの要求で、契約しよう」

 ため息とともに吐き出された言葉に、ようやくカイトは足を止めた。

 しかし、すぐには振り返れなかった。

 しかめっ面のまま、緩めかけたネクタイを、元に戻すことから始めなければならないのだ。

 そうならそうと、さっさと答えやがれ!

 毒づく心をそのままに、ようやくカイトは踵を動かした。

 クソッッ。

 しかし、契約が自分の思い通りの条件になったというのに、そのイライラは、全然彼の中から巣立っていかなかった。
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