冬うらら~猫と起爆スイッチ~

『彼女……泣いてらっしゃいましたよ』

 ハルコの言葉が、ガンガンと頭を打ち付ける。

 心臓が早く動き過ぎて、具合が悪くなってきたくらいだ。

 カイトは――ハンドルを握っていた。

 車のライトは、雨粒を映し出す。

 いつの間にか雨まで降り出していたのだ。
 あの長い会議のせいで。

 冬は早く暗くなるとは言え、それでももう7時を回っていた。

 きっとハルコは、あの家にはいないだろう。
 いつもの予定でいけば、そのはずだった。

 ということは。

 あの家に、メイが1人でいるのだ。

 何で、泣くんだよ!

 カイトは、分からなかった。

 もう彼女が泣く理由などないはずだ。

 借金もない。
 ランパブも行かなくていい。
 服も用意させた。

 それなのに、何故泣くのか。

 彼に分かるハズもなかった。

 何が不服だってんだ!

 パァッッ、とクラクションを派手に鳴らして、カイトは前の車を煽った。

 めいっぱい、運転マナーの悪いドライバーである。

 しかし、まだ家には帰りつけないのだ。

 あと信号を7つやりすごして、右折して、それから、それから――

「クソッ…」

 何で、泣くんだ。泣くな泣くな、泣くな!

 頭の中で、メイが泣き続ける。

 カイトの胸は、針山のように一本ずつ針に刺されていくのだ。

 彼女の涙を想像する度に。

 昨夜から、カイトはどう考えても変だ。

 その事実は、自分でも分かり過ぎていて、分かったせいでイライラもした。
 彼女のことが、分からなくてもイライラした。

 ネクタイをしめてくれたメイも、シャツ一枚のメイも、痛々しい下着姿のメイも、水割りを作れなかったメイも――記憶が、一気に逆流していく。

 金で買った女。

 その女に、金をあかせて何かするのは下衆のすること。

 だから、カイトは触れられないのだ。
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