それでも朝はやって来る
顔は笑っているのに、棗が笑っているように見えなかった。

むしろその笑顔に嫌悪さえ感じた。


「さ、早く戻らないと次の授業に間に合わないよ~」


棗と話せたのが嬉しかったのか、カナはご機嫌に前を歩いていってしまった。

カナを追いかけようと思ったが、お礼を言ってないことに気付き、棗の方に振り返った。


「な…棗君、探してくれてありがと」


とりあえずお礼を言って立ち去ろうとした瞬間。


右手をつかまれた。


「えっ!?」


ふわりとした前髪の向こうから冷たい瞳がのぞいていた。

手加減ない力に右手首に鈍い痛みを感じた。

首もとにヒヤリとした感触。


「やること、やってんじゃん」


体操着の襟ギリギリのラインで隠れていた紅い鬱血をなぞられた。


「棗君と一緒にしないでよ!!」


バッと捕まれた腕を払うと、体操服の首もとを隠すように掴んだ。


「やっぱり、覚えてたんだ」


心が宿っていない瞳に怯えながら後ずさりをした。

顎を捕まれ上を向かされた。


痛いッ…


凄い力で体育倉庫の壁に押しやられた。

あまりの痛さに、目尻から涙がこぼれた。


『ほほう、これはこれは…』


棗君の声ではない何かの声がした。

恐る恐る棗を見ると、瞳全体が黒く濁っていた。

口からは蛇のような先が二本に裂けた細長い舌が朝子の頬のこぼれた涙を舐めていた。


「ッ…!!」

『噂には聞いていたが、こんなに良いものだとは…』


あまりの恐怖に喉が固まってしまって声がでない。


『この血肉を喰らえば、どれ程の力が得られるか…ヒヒヒ』


「これは俺のだ…と言わなかったか?」


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