【短編】優しい、嘘つき
それは、突然訪れた。
『――――東京?』
冷たい風が吹き抜ける。
舞い落ちた枯れ葉が、立ち止まった私の足元で乾いた音を立てながら転がった。
『ゆーくん』
完全に歩みを止めた私は、少し前を歩く薄茶色の頭に呼びかける。
マイナス三度という寒さのせいか、時折見え隠れする耳が真っ赤に染まっていた。
『ねぇ、ゆーくん!』
私の声に、やっと落ち葉を踏み締めていた足を止めた。
ゆっくりともったいぶるように振り返った彼は、ふわりと微笑んだ。
『…早く帰ろうよ、さゆ』
“さゆ”
そう、彼はいつも穏やかで優しい声で私の名を呼ぶ。
それには甘くとろけてしまいそうな響きが込められていて。
だから私は、“さゆ”と彼に名を呼ばれるのが大好きだった。