il tablo d'estate
地下鉄の出入り口から人が出てくるのが見えて、わたしは減速しつつ左端に寄ろうとした。
のろのろと自転車を降りると、そのまま押して、人波をやり過ごしていった。
すいません、と立ち止まった男性を追い抜かした。
すると唐突に名前が呼ばれた。
「あずる、だよね。」
びっくりして足を止めると、そこには知った顔がいた。
「え、次郎?」
口から出た彼の名前に、懐かしさと甘さと、そして苦さ。
それは「ほろ苦い」なんてものじゃない。突き刺すように刺激する、痛みがじりじりと続いている。
わたしは露骨に顔をゆがめたらしい。
高幡次郎マーティンは、きれいな、少し困ったような顔で笑いかけてきた。
「そんな顔しちゃってさ。」
(誰のせいだと思っているの?)
言葉が、唇から乗らなかった。
にゅうっと腕が伸びてきて、大きな手のひらから指が踊るようにして、わたしの鼻先をぎゅうとつまんだ、
「別に、普通の顔よ。」
自転車をずらすふりをして、わたしは次郎との間に距離を作った
「そんなことないよ。君ってもっと、奔放って言うかさ、いい意味で緊張感のかけらもなかったじゃないか。」
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