三度目のキスをしたらサヨナラ
新幹線がK駅を離れると、私は疲れ切った身体を引きずりながら、空席を探して自由席の車両へと歩き始めた。

何故だろう。
さっきまであんなに我慢していたはずの涙はすっかり止まっていた。

──放心状態。

今の私を説明するのに、これほどぴったりくる言葉は他に見つからない。

自分が幸せなのか、悲しいのか、それさえもよく分からなかった。


暫く歩いたところで、私はようやく空席を見つけた。

コートを脱ぎ、それを2つに折り畳んでいると、ポケットから小さな紙切れがはらりと落ちる。

座席の上に舞い落ちたそれは、ソウに渡された切符だった。

私はその切符を手に取り、ゆっくりと座席に腰を落とした。


「ソウのバカ……」


その切符は、おそらくずっとソウに握りしめられていたのだろう。
見事なまでに皺だらけになっていた。

丁寧にその折り目を伸ばしていくと、折り曲げられた箇所の文字はインクがかすれ、元の文字が何だったのかも分からなくなっている。

「どれだけ必死に握ってたのよ、もう」

ボロボロになった切符の上に、私の大粒の涙が次々に落ちる。

「これじゃ、自動改札、通れないじゃない……」


その時、車両入り口のドアが開き、帽子を脱いだ車掌が車内へ向かって一礼をした。

「恐れ入ります、切符を拝見させて頂きます──」

私はその切符をギュッと胸に抱きしめた。

イヤだ。
絶対、誰にも、触らせてなんてあげない。

だってこれは、私に残されたたったひとつのソウの名残なんだから。



その時、耳にツンという感覚がして、新幹線は長いトンネルに入った。

真っ暗な窓を見ると、そこには涙で濡れた私の顔が映っている。


──大丈夫、また会えるよ。
だから、笑って──


優しく響くそれは、ソウの声。


うん。
そうだね、ソウ。

私たちには幸せな未来が待っているんだから。

だから笑って、私が今出来ることを精一杯しよう──。


一度大きな瞬きをすると、
鏡の向こうの私が、私に優しく笑いかけてくれた。



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