前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
01. 噂の人、引っ張りだこです
【放課後の廊下にて】
「ぜ…、絶対怒ってるよな。もうこれ以上怒らせたくないのにっ。
昨日、彼女を怒らせたから俺から誘ったってのに。まさか帰りのSHRが遅くなるなんて」
弾む息、滲む汗、焦る気持ち。
その三拍子だけで俺がどんな状況下に置かれているのか、謂わずもがなだと思う。
まさしく今、俺は全速力で走っていた。
等間隔の窓から見える日の傾き、放課後の学院を転がるように右へ左へと走る俺は、肩に掛けている鞄がズレ落ちないようしっかり握って長い長い廊下を駆け抜けている。
今から下校する生徒、教室に残って談笑している生徒、廊下でじゃれ合う生徒。
それらを脇目にも振らず、俺はただただ馳走。
腕時計で刻を確かめる。
ああっ、もう15分も遅刻しちまってるよ!
やばいやばいやばい、刻一刻と進んでいく時間に「神様。時間を止めてくれよ」ついつい懇願。
軽く唾を飲み込んで階段を駆け下りた俺は、約束の場所に向かう。
クエッション、それは何処か。
アンサー、理科室だ。
向こうに見える突き出し表札【理科室】の文字に俺はラストスパート。
足が縺れそうになりながらも、自分の持てる脚力で理科室に突っ込み、「遅くなりました!」勢いよく扉を引き開ける。
鍵が開いていることから、もう彼女は来ている筈なんだけどパッと見、人らしき姿は何処にもない。
はぁはぁっ。
荒呼吸のまま理科室に足を踏み入れた俺は扉を引き閉めて、「あの先輩…」いますか、おずおずと声を出して呼んでみる。
返答はない。
あれ、おかしいな。
もしや怒って帰った?
もしくはまだ来ていない?
だったら万々歳なんだけど。
ふーっと息をつき、ちょっち呼吸を整えた後、奥に進んでみる。
コツコツコツ、上靴の奏でる音が理科室を満たした。
彼女の姿はないようだ。