前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
ぜんっぜん息抜きなんねぇよそれ!
ツッコんでくるアジくんに、「エビはできたのかよ英語」と恨めしそうな眼でエビくんを見やる。
「君にエビと呼ばれたくないね」
眼鏡のブリッジを押し、エビくんはフンと鼻を鳴らした。
そして肩を竦めて嫌味を飛ばす。
「終わっているから化学をしているんだけど?」と。
途端にアジくんがお前なんか土に還っちまえぇええ! と、絶叫して再び俺に泣きついてくる。
いつもの男前の姿がまるでない。
俺の中ではキング・オブ・ザ・男前なのに。
開いていた本を閉じて俺はまずは訳したところまで見せてと苦笑した。
此処まで頼んでいるんだ。教えることも勉強になるし、ここは一肌脱ごう。
目を輝かせるアジくんがサンキュとノートを差し出してくる。
早速中身を開いた俺は訳されている文に目を走らせた。
「えーっと、『キング牧師は言う。私には夢がある。それは人民の人民による人民のための政治なのです!』ってこれ、どこを訳したら出てきた文なの?
確かにキング牧師はリンカーンの奴隷解放宣言のことを謳ったし、リンカーン像の前で演説したけど。
これを言ったのはリンカーンだからね、リンカーン。キング牧師じゃない。キング牧師は黒人差別社会に平等を訴えた人だから」
「government of the people, by the people, for the people
(人民の人民による人民のための政治)
なーんて英文、何処にも無かったと思うよ? 本多」
「うっざー笹野! エビのくせにスラスラ言うんじゃない! 海に還れー! 還れー! んでもって揚げられろ!」
「ひどっ! 自分もアジフライでしょ!」
うっわ、フライト兄弟がお互いに海に還れって言っている! け、喧嘩しちゃってる。
「ま…、まあまあ二人とも。それから『キングさんは言った。差別なんてまどろっこしいことなんてやめて食事は皆で楽しもうぜ』
……うん、アジくん。途中で諦めたね。見事に牧師って単語がなくなってるじゃんか。ニュアンスは間違っていないけど、これは野沢も絶句するレベルだよ」
はてさて俺は何処をどうやって教えてやればいいのだろうか。
分からない英単語を辞書で引き、文法になぞって訳しろって助言するのは簡単だけど、アジくんにそれが通用するかどうか。
取り敢えず辞書で単語を引くところから教えないとこれは駄目だ。
辞書を持っているかと質問すると、電子辞書を持っていると親指を立てて自席へ。
いいなぁ、電子辞書。
俺は紙辞書だから調べるのに時間かかるんだよなぁ。
バイト代を切り詰めたら買えないかな、電子辞書。あれくらいの機械なら俺でも扱えそうだし。