前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
異様な行列だ。これではエレベータに乗れないだろう。
そう判断した御堂先輩は非常階段を使って一階を目指す。ちなみに此処は十階。当然ながら一階まで距離がある。
下りだからまだマシにしても、やっぱりつらいものはつらい。
しかも早足で下っている。
九階から八階、飛んで四階に下っていくに連れ、令息令嬢に一時的な疲労が見え始めた。
車で送り迎えされていることが祟っているんだろうな。
二階に差し掛かった時、踊り場で足を止めた大雅先輩がいい加減に止まりやがれと喝破してきた。
「玲! 話を聞きやがれっ! マジな話なのか! 豊福は庶民出だろうが!」
此処が階段で良かった。
フロアでそれを叫ばれていたら、財閥間で新たに話題がのぼっていただろう。御堂財閥の長女が庶民出の男と婚約した、と。
いつかはばれるかもしれないけれど、今は誰にも知られたくない。これ以上、注目を浴びるのもごめんだしな。
段を下りていた御堂先輩が首を捻った。
俺越しに声の主を見据えて、「僕は嘘など言っていない」彼は僕の婚約者だと目を細める。
庶民出だろうと関係ない、書類上ではあるが既に親子共々拇印を押していると相手に説明する。
本当なのかと真意を確かめてくる俺様に間髪容れず肯定の返事をした。
「俺の親も了解済みです。今は御堂家でお世話になっている次第ですよ」
「……っ、なんでだよ。お前は、お前は鈴理が好きだっただろうがっ。あいつの傷心を知っておいて、こんなにも早く心変わりするような男だったのかよ。お前は」
理不尽な怒りをぶつけられたけれど、これは大雅先輩の鈴理先輩を思う気持ちがそうさせているのだろう。
彼は信じていたんだ。
せめて鈴理先輩の傷心が癒えるまでは良き友人として振舞ってくれるだろう、と。
俺達の睦まじい仲を知っていたからこそ、大雅先輩は俺を信じていた。
信じていたからこそ、今まで俺と鈴理先輩の関係を応援してくれていた。
許婚の自分が不利な立場になろうと、いつも助言して見守ってくれていた。
自分達の意思で別れたならまだしも、別れた原因がお家騒動だ。
鈴理先輩の傷心は根深い。
それに俺は塩と唐辛子を塗りたくったんだ。彼が憤るのも無理は無いだろう。
それでも、だ。
「過去を顧みるつもりはないんっすよ。大雅先輩」
「テメッ」
「待て大雅!」鈴理先輩の制止は届かない。
踊り場を蹴った俺様が転がるように段を下って、俺の腕を掴むと壁に放って婚約者と引き離した。
胸倉を掴んでくる大雅先輩にふざけるなと声音を張られたのはこの直後。
「なんのために」鈴理をお前に任せたと思っているんだよ。こんなカタチで裏切りやがって。
悪口(あっこう)を突かれる。甘受した。事実だから。
けれど反論もある。
「今は大雅先輩、貴方に任せている筈ですよ」
努めて落ち着きを払って相手の睨みを受け止める。
「彼女は貴方の婚約者です。俺は良き友人になろうと心に決め、身を引きました。俺達の関係は既に過去の産物でしかないんっすよ」
「鈴理の気持ちを知って尚、本人の前でそれを言いやがるテメェが気に食わないんだよ。どれだけ鈴理がテメェのことを想っていたと思ってんだ。あいつは現在進行形でお前を想っているッ。同校生のテメェなら知っているだろうが!」