前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
その夜。
鈴理は家族とダイニングルームで夕食を取っていた。
数日振りに家族の顔が揃い、家族団らんの時間を過ごすためにダイニングルームに集ったのだが、団らんとは程遠い空気である。
両親と長女の咲子は波風立たない会話を繰り広げているが、次女の真衣はピリピリとした空気を取り纏い、話しかけるなオーラを放っている。末子の瑠璃は顔色を窺っては気まずそうに食事を。自分は始終ダンマリで食事を咀嚼。
非常に鬱々とした空気である。
「鈴理、食べている?」
母の桃子が声を掛けてきた。
先ほどからサラダに入っていたミニトマトをフォークで突いてばかりの自分を見かねたのだろう。
生返事をして、テーブルに肘をつく。マナー違反だと諌められたが、「大目に見てあげたらどうです?」真衣が冷然と鼻を鳴らす。
よって空気がまた一段と悪くなった。
半泣きの瑠璃は真衣ちゃん怖い、と零している。
咲子は小さな吐息をつき、父の英也は困ったとばかりに眉根を寄せた。
本人は素知らぬ顔で食事を再開。
庇われた鈴理は他人事のようにやり取りを眺めた後、更に転がっているミニトマトに目を落とす。
ただただ物思いに耽っていた。考えることは大雅の言われた台詞ばかり。
自分で物事を決める。
人は行動を示さなければ認めてくれない。諦めて二階堂家に嫁ぐ。
反芻してみるものの、どれも消化できない。
再びミニトマトをフォークで転がしながら鈴理は自問自答した。自分はどうしたい? と。
正直に言おう。
元カレの婚約は衝撃でどう反応すればいいか分からなかった。
ショックとはまさにこのこと。
まだまだ自分の中に想いがあったのだ。
向こうは既に諦めをつけ、想い合った日々など忘れてしまったのだろうか。
些少ならず逆上する気持ちが片隅にあり、なんとも居た堪れない気分になったあの日。あの時。あの瞬間。後日、事情を聞いてそれこそ責めることも想いをぶつけることも不可となってしまった。
切ない気持ちが胸を締める。
婚約式に呼ばれた彼もこんな気持ちだったのだろうか?
借金を背負った彼、肩代わりした財閥の娘は自分のライバル、自分は二階堂家の婚約者。
ゆくゆくは友の百合子と親族になるのかと考えると、不思議な縁だと思ったり思わなかったり。
ミニトマトを見つめて、見つめて、見つめて、鈴理は近状を思い出す。
テスト期間が終わっても元カレは図書室に足を運ぶことが多い。
何度もそれは見かけていたし、自分もその空間を共有していた。向こうは気付いていないだろうが、自分はあの頃のように彼の背を追っていたのだ。
経済の本ばかり手にしていた彼。
真剣に本を読む姿は市民図書館にいた頃と変わらない。何も変わっていない。
何度その腰に飛びついて襲ってやろうと思ったか。
何度消えてしまっている赤い痕を、もう一度その首筋につけてやろうと思ったか。
何度キスしてやろうかと思ったか。
自分が二階堂家のものだということで身を引いた元カレ。
その元カレが借金を背負い、御堂家に嫁ぐ契約を交わした。
自分の人生さえ御堂家に捧げ、御堂家のため、両親のためにこれから人生を歩むのだろう。
それで彼が幸せなのか、鈴理には分からない。