前略、肉食お嬢様②―カノジョな俺は婿養子―
「さと子ちゃんって凄いよな。此処に住み込みで働いているんだろ? こういう仕事って大変だと思うんだけど。学校は?」
夜空を仰いで世間話を切り出す。
彼女は快く便乗し、身の上話を語ってくれた。
「通信制に通っているんです。私の夢……、舞台女優になることなんですよ」
へえ舞台女優。
意外だな、さと子ちゃんすっごいおとなしいから舞台とは無縁そうだけど。
さと子ちゃん曰く、御堂先輩と同じで芝居がとっても好きなんだって。
親の反対を押し切って上京し、舞台の勉強をしながら学校に通っているらしい。
既に劇団には入っているんだって。
凄いよな、感心しちまう。
でっかい夢を持っているさと子ちゃんが輝いて見えた。
「私、普段がドジばかりだからお芝居をしている時、違う誰かになれて凄く楽しいんです。
いつか、お芝居をしている姿を人に観てもらって感動してもらったら、と夢を見てるんですよ。住み込みで働いているのも、此処のお給料が良かったからなんです。お住まいも頂けますし」
「それこそ大変でしょ。学校に劇団、此処のお仕事が重なって」
「辛くないと言えば嘘になります。だけど自分で決めた道ですから、弱音は吐きたくないんです。……お仕事では弱音吐いちゃいましたけど」
でもお芝居だけは絶対に……、熱弁するさと子ちゃんがハタっと我に返ってすみませんと小さくなる。
首を横に振る俺は、「羨ましいや」と彼女に笑みを向けた。
俺は今までこの学校に入りたいから、親が楽できるから、この現状を打破したいからって目標を掲げてきたけど、さと子ちゃんみたいな夢は持ったことがない。
だからこそ彼女が大きく見える。
自分で決めたから、か。
分かるよ。
俺も周囲の反対を押し切ってエレガンス学院を受験した。
バイトだってそうだ。
誰に言われたわけじゃなく、自分で決めたんだ。
自分で決めないと、人生虚しいもんな。
後悔した時、きっと誰かのせいにしちまう。
「お芝居はともかく私はこの仕事に向いてないのかもしれない」
しゅんと落ち込むさと子ちゃんはドジばっかりだから、と自分の不器用さを嘆いた。
けれど普通のバイトをできる気もしないらしい。以前、地元の飲食店でバイトをしてドジすぎるゆえにクビになったそうだ。
なにより住まいと給料の良いこの仕事を失うのは手痛い。
上京してまだ三ヶ月。
実家に帰ることだけはしたくない。
頑張るしかないのだけれど……、鬱々と吐露するさと子ちゃんはすっかりしょげ返っている。
シビアな現実に打ちひしがれているさと子ちゃんは、きっと生活が安定せず、気張ってばかりなんだろうな。
そりゃそうだ。
新しい土地で、新しい生活、学校、仕事に劇団。東京での暮らしは不慣れなことばかりだろう。
性格上、積極的に友達を作るタイプでもなさそうだ。
さと子ちゃんは頑張りすぎている。
どの仕事にも気合が入っているっている感がするんだ。
自分で決めた道だからって必要以上に頑張っているんだろうけど、たまにはリラックスもしなきゃな。